故郷の風景

故郷を離れ30年、あぜ道も砂利道も萱葺きの家も消えましたが変らずに消え行く風景を見つめていた母なる山 鳥海山 たまの帰省時に機嫌が悪く姿を見ないときもある。そんな時はなにか忘れ物をしたような気になってしまう。

☆ 出羽富士好春 F8 出羽富士とよばれる鳥海山は秋田、山形の両県にまたがり、日本海からダイレクトにそびえる独立峰でなだらかな容姿は夫婦が仲良く肩を寄り添うがごとくやさしい故郷のやまであります。
標高は2236m(文字どおり夫婦で見ろ)である。
最上川と鳥海山 F6 登下校時に毎日見慣れた身近な山ですが登るチャンスもなく、初挑戦は中一の時に全校生徒で登った。
厳密に言うと私を含め5人くらい7合目でダウン 容姿に似ずきつかった。
もちろんそれ以降当然リベンジしたのはいうまでもない。
林道 F10 山は子供の宝庫だった 栗、アケビ、葡萄、おにぎりだけを持って
山に出かけけ、これらを採集し遊びまわった。
思い出の林道は今はいかに・・・・
桜と出羽富士 F6 河畔に桜並木があって鳥海山が見える場所はけっこうあるのですが、この絵は各地のいいところをばかりを集めて描いたイメージ画です。
☆ 荒瀬川と鳥海山 F6 三保六(さぶろく)集落の墓地の辺から見た早春の鳥海山
鳥海山と民家 F6 背景に出羽富士を従え手前には日向川の支流が流れ最高のスケッチポイントだったのですが今年の春に帰省したときは消えていました。
薬師森とバンドリ禿 F8 今は国道になってしまい登下校に歩いた道は山裾野をところどころに申し訳ないように残っていて時の流れを感じました。
変らないのは薬師森とバンドリはげでした。
懐かしの青沢小学校 F6 こんな小さな過疎の村にも当時全校生徒で170名位在校生がいました。
運動会や盆踊り、当時の学校は地域のコミセンも兼ねていました。 もちろんとっくの昔に校舎は撤去されました。
獅子踊り F10 毎年お盆に各家庭をまわって披露される青沢地区に伝わる伝統芸能、薬師森と黄金の稲穂を背景に勇壮に飛び跳ねる姿をイメージしました。
郷愁の三保六集落 F10 昭和30年ころの生家周辺を思い出して描きました。
もちろん今は萱葺きは一軒もありません。
☆ 郷愁三保六集落 F8 この辺が部落の子供の遊び場でした。
昭和40年ころの風景です。
☆ 玉簾の滝 F6 初めて対面したのは小2の遠足で2時間ぐらい山を越えて歩いていきました。
落差64mの壮大さにびっくりしたのを鮮明に記憶しています。
郷愁荒瀬川 F8 生家の前を流れていて毎晩子守唄代わりにせせらぎを聞いて育ちました。
魚釣ったり、泳いだりなににつけても思いで多い故郷の川です。、

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